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周辺観光情報

恋しき周辺に繁栄した1300年の歴史

恋しきで結婚式を挙げる皆さまには、このエリアにある歴史的価値の高い建造物や数々の伝説が存在する魅力的な町であることを、是非知って頂きたいと思っています。
奈良・平安時代に備後国府が置かれたこの府中エリアは、広島県東部の政治経済、文化の中心でした。古代以来、山陰と山陽をつなぐ重要な道が通り、それが江戸時代には「石州街道」となり多くの人や馬、そして特産品がこの府中に集められ当時は町中まで入り込んでいた水路を経て、全国へ出て行きました。恋しきがあるエリアは、その長い旅が終わり、次の旅への出発点となったことから宿場町(府中宿)として大きく発展し、その1つが「恋しき」でした。
何も知らずに歩いていると見過ごしそうな石碑や建築物、神社もその由来を知ればこの町の奥深さ、壮大な時間の流れを目で確認できます。

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過酷な旅を終えた商人たちが「平地に出てきた」として歓喜して通行したのが、この出口通り。細い通りには今でも当時の名残を残す古い建物があり、隣を流れる川を見ながら歩けば当時の商人たちがどんな想いでここを通過したかが、少しわかるかも?

各種施設

観光案内所(恋しき敷地内)
恋しき敷地内にあり、門をくぐって左手にある観光案内所。
恋しきを訪れた際は、是非一声おかけください。ここに掲載されている観光地以外のとっておきの季節の情報をお知らせします。
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歴史民俗資料館
元々は恋しきの近く(石州街道に面して)にあり、今は土生の高台に移転されて保存されている明治時代の郡役所の建物です。
番地はここを起点に作られました。
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金光味噌
美しい自然に囲まれるこの地域は、水もきれいで味噌やお酒などの物作りも発展しました。
金光味噌もその代表で、武士のエネルギーとなる味噌を製造していました。
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神社・仏閣

府中八幡神社
武士の守護神であるである八幡神社。
それは昔、この地にも城があり、多くの武士が生活していた証拠。
地元の人に支えられ、今でも府中の中心的役割を果たす神社です。
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首無地蔵菩薩
今から40年以上前、道路の拡張工事の際に埋もれたお地蔵さまが、新市町の東氏の夢枕に現れ「掘り起こして祀れば全ての人の願いを叶える」と告げ掘り起こされて祀られたことから始まり、今では全国から商売繁盛・安産祈願などでたくさんの人が訪れる。
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吉備津神社
「一宮(いっきゅう)さん」として有名な吉備津神社は、備後地区開拓の神様として開運招福、厄除け、交通安全で有名です。国の重要文化財に指定されている御社殿は、水野勝成の命により造営されました(創建は平城天皇の時の806年)。
※吉備津神社での式をご紹介していますので、ご相談ください。
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金龍寺
金龍寺の地下には伝吉田寺という古代の寺院があります。
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甘南備神社
708年、備後国に疫病が蔓延したため造られたとされる府中の中でも最古の神社の1つ。
ふもとの鳥居をくぐり、山の中腹にある本殿まで歩いて行ける。
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青目寺
府中の街並みが一望できる山の中腹にある青目寺(しょうもくじ)。
元はその上の七つ池周辺にあった天台宗の寺院で複数の建物から構成され隆盛したが、火災等で焼失し現在の位置になったと伝わっている。
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慶照寺
小早川家一門で、田坂平蔵硯仲が開祖とされている浄土真宗本願寺派。
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歴史的建物・碑

日本一の石燈籠
建立された天保時代には、日本一の大きさを誇った燈籠です。恋しきの道路を挟んだ東向かいにあります。
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剣先
山を越えて運ばれた商品は、ここから船で各地へ運ばれていきました。
当時は今の中心地付近まで水路として利用されており、この付近にたくさんの船が着きました。
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道標
石州街道の出口と入口は「かんのき」と呼ばれ、その三差路に残る当時の道しるべです。
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自然・景観

七つ池
青目寺のさらに上にある7つの池。
ここは、伝説の大蛇が暴れて青目寺の坊主を飲み込んでいると言う事件が起こり、その対策として爆竹を体内に仕込んだ人形を大蛇に食べさせ、それを鎮めたという言い伝えがある。その時、大蛇は暴れて池の水を飲み干した。
大蛇が暴れた場所は「蛇すり」と呼ばれ、今でも草木がなぎ倒されたような状態でしか生えないと言われている。
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出口川
出口通りの隣を穏やかに流れる出口川も当時はたびたび氾濫し、水位が高い時は飛び石を超えて人々が渡っていたと伝えられています。
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